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獺祭の知られざるヒミツ 前編

更新日:2022年5月7日


日本酒ファンの中で、いや今や日本酒を飲まない方にまで知れ渡るほどの有名銘柄となった獺祭。

この獺祭の逸話も広く知れ渡っているところだが、知られざる真実や誤解されている部分があることはご存じだろうか?


今回は獺祭の知られざるヒミツを紐解いて行きたいと思う。



 

概要


獺祭という日本酒にどのようなイメージをお持ちだろうか?


フルーティーで飲みやすい日本酒。先進的な蔵。海外で評判の酒。流行りの味。


みなさんが持つイメージが本当なのか?または真のメッセージを受け取っているのか?

まずは簡単な概要を振り返ってみる。


山口県岩国市1948年創業の旭酒造。


日本酒の蔵元としては比較的新しい方だといえる。


しかし、昭和後期に遭遇する日本酒不遇の時代において他の蔵同様に苦境に陥る。


1987年に桜井博志氏が三代目として社長に就いてより様々な改革を行ってきた。

それは改革というレベルではなく日本酒業界をも巻き込むイノベーションだった。


旭酒造のホームページには


「ともすれば一時のワインがそうだったように、

吟醸酒の世界も、通でなければわからないとか、

理解しづらいモノのように語られます。絶対に違います。

真に美味しい酒は、誰が飲んでも美味しいモノです。

旭酒造は真に美味しい酒を目指します。」


と書いてある。

後の記事では「幻の酒にはしたくない」とも語っている。


よくある美辞麗句ともとれるが、ここに桜井氏の信念を感じる。


私なりの解釈をすれば、

「一部の通だけに喜ばれるマニアックな酒ではなく広く一般に喜んでもらえる酒を作って行きたい。それを実現するために様々な挑戦や挫折を繰り返している。」


「時代の変化と共に今までのやり方が通用しなくなっている。今の時代、これからの時代に向けた新しいやり方を模索していくことこそ日本酒を後世に伝える方法ではないか。」


とも読み取れるのである。


このような考え方は時に軋轢を生み、誤解されることもある。

それでも進み続けた男の生き様を私なりに考察していく。



①杜氏の廃止


今でこそ杜氏を置かずに社員が醸造責任者として醸すスタイルは主流になりつつあるが獺祭のそれは先駆けとも言えるだろう。


酔うための酒ではなく、楽しめる酒を提供したいと普通酒を止めて純米大吟醸に専念する。1990年に獺祭ブランドをスタートさせる。

同時期に進めていた地ビールレストランの失敗により経営不安が囁かれる。

それをきっかけに杜氏が退職。


桜井氏はここで大きな決断をする。「杜氏を廃止して社員だけで造っていこう。」


そもそも地ビール、地ビールレストラン事業を始めたのは年間を通して収益を上げ雇用も安定させるためだ。


日本酒造りの常識では「寒造り」といって秋に採れた新米を冬に一年分仕込む。そのため杜氏集団は期間限定の季節労働者だった。


仕事や売上が減る夏場にも収益が見込める地ビール事業は理想的な組み合わせだった。

ところが地ビールの免許申請に必要なため併設した地ビールレストランは僅か3か月で撤退を余儀なくされた。


自社社員の雇用安定の面でも冬だけでなく夏にも稼働し収益を上げるのは必須だ。

だからこそ社員だけで高品質な酒を生み出し年間を通じて製造する「四季醸造」に挑戦する。


この課題をクリアするために酒造りの数値化、データ化を進めた。

そしてその数値やデータが正確になるように設備の近代化をすすめ最新のテクノロジーを次々と導入していった。


杜氏の廃止はそうざるを得ない状況での苦肉の策だったのかもしれない。

あるいは桜井氏の中で自社社員での醸造に活路があり杜氏の退職が一歩踏み出すタイミングになったのかもしれない。


ともあれその決断の結果、年間を通して高品質な酒を大量に生産できるようになった。


獺祭を始めた1990年初年度売上は5000万円だった。30年ほどたった2021年の年間売り上げは141億円にまで成長した。


古いデータで恐縮だが2017年度日本酒売上ランキングで8位である。

凄さがピンとこない方もいるかもしれないので補足すると上位は白鶴、月桂冠、松竹梅などの酒蔵というよりメーカーという程の大手である。そんな中において地酒的な蔵としては唯一ランクインしている。売上規模は菊正宗と同等で剣菱や八海山の約2倍である。


杜氏ではなく社員で造る。経験と勘ではなく数値化する。機械化テクノロジーの導入で四季醸造する。

今では主流になってきた考え方だが一部では軋轢もあった。


昔ながらの酒造りを良しとする考え方の人々から反感を買ったのも事実だ。


個人的にはどちらも正しいし一方が間違っているわけではないと思う。


熊本に「花の香」という蔵がある。

他の蔵と同様に不遇の時代があり立て直そうと社長が獺祭に修行に行き最新の酒造りを学んだ。その修業期間はわずか3か月。


正直驚いた。修行というと10年一区切りのイメージだったからだ。


花の香を飲んだことがある。

初期は確かに獺祭のようなフルーティーで飲みやすい日本酒だった。

年を追うごとに独自の味や個性を出していっている。


花の香が3か月で習得したのは「酒造りの全て」ではなく「数値化やデータ化及びテクノロジーの導入のやり方」であった。


花の香では最新機器を一度に導入するほどの資金力はなく、今年はこれ、来年はこれと数年かけて近代化していった。現在では花の香ならではの味を表現している。


桜井氏自身が言っていた。「酒造りはそんなに簡単ではない」

「獺祭は近代化によって誰でも簡単に大量に旨い酒を造っていると誤解されている。」


現実として獺祭では麹を手造りする、米は小分けにして洗うなど要所要所で手作業を徹底している。そして日々より良い酒を造るための研究を怠らない。


一大ブームを起こしたからこそ先入観でズレたイメージを持たれたのかもしれない。

私自身も工業品のようなイメージを抱いていた時期もあった。




②全量純米大吟醸 山田錦にこだわる


普通酒を辞めて純米酒しか造らないというのは現在では主流になってきている。


しかし純米大吟醸しか造らないというのはかなりの大勝負だ。

さらに酒米の最高級である山田錦だけにこだわるとなると常識では考えられない決断だ。


これをやってのけたことが、獺祭をトップブランドに押し上げたと言っても過言ではない。


少しずつ紐解いていこう。


いわゆる特定名称が施行されたのがまさに獺祭を始めた1990年である。


特定名称とはそれまで一級、二級などと製法や区分が曖昧だった日本酒の呼び名(ランク)を製法や原料の規定を設けた制度だ。純米や大吟醸などの呼び名は1990年から使われるようになった。


純米とつく日本酒は醸造アルコールを添加しない米だけの酒。大吟醸は酒米を半分以下に磨いた酒。ここでは詳細は省く。詳しくはhttps://www.yawata-base.com/post/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E9%85%92%E3%81%AE%E5%9F%BA%E7%A4%8E%E7%9F%A5%E8%AD%98%E3%80%90%E3%82%8F%E3%81%8B%E3%82%8A%E3%82%84%E3%81%99%E3%81%8F%E8%A7%A3%E8%AA%AC%E3%80%91%E3%81%A8%E3%82%8A%E3%81%82%E3%81%88%E3%81%9A%E7%B7%A8


醸造アルコールの添加は増量の為ではなく味の向上の為ごく少量認められている。

一般的にはキレが増し香りが良くなると言われている。


純米とつく日本酒はこのプラスアルファがない分、繊細で難しいとも言えるだろう。


さらにただでさえ高価な山田錦を半分以上磨いてしまうとなると原価は上がる。原料の入手も相当数必要になる。


そして一般的な地酒は日常使いできる廉価版から贈答用の高価版など、ラインナップを揃えて地元の人にも愛される酒を目指す。


ところが獺祭は高級路線だけにフルスイングしたのだ。


言い換えれば地元をすて都市部の高級品を好む層にターゲットを絞ったのだ。


このコンセプトはインパクトが大きい分様々な場面で反感を買ったのかもしれない。


昔ながらの職人的な酒を愛する蔵元や愛好家からすれば自分達が否定されたと感じたかもしれない。

地元消費者は手の届かない存在として寂しく感じたかもしれない。

前記のように獺祭が山田錦を大量に買い付けたため、山田錦が入手できなくなり困った蔵元もいた。


この幾つものハードルを越えて様々な壁を乗り越えて現在の地位にたどり着いた事でようやく評価され始めたのだ。


一部で囁かれる単なる拝金主義者では到底たどり着けない道筋であり、信念なくしては達成できない偉業でもある。


山田錦については農家の負担を軽減するよう契約栽培にし、全量買取制度や富士通と組んでのITサポートなどwin-winの関係を築いている。


また、酒米には粒の大きさや品質により等級があり規格外が出来てしまう。この米で酒を作っても純米大吟醸を名乗れない。

しかしその規格外の山田錦で造った

「獺祭 等外」という商品も新たに発売している。




自社のコンセプトを理解してもらえるよう問屋を通さず特約店と直接取引をはじめる。


酒蔵は一般的には商品を出荷した後どのようなルートでどのような品質管理でどのように販売されるかはノータッチだ。


出荷後に劣悪な環境で商品が劣化したとしても消費者からはそういう味だと思われてしまう。

また、自社のコンセプトが伝わるかは販売者に委ねられてしまう。


その弊害をなくすために信頼関係を築ける特約店を探し回った。

品質管理ができ共通認識が持てる酒販店と二人三脚でコンセプトを広めていった。


余談だが私の店では特約店を通じて獺祭を仕入れていた。

たいした本数を買っていたわけではないが旭酒造から毎年年賀状が届いていた。

うちに届いていたということは全国の飲食店で獺祭を置いている店には送っていたのだろう。

毎年何千いや何万通?送っていたのかと想像すると中々の気合を感じる。



といった感じで紆余曲折を経てきた獺祭だが後編では海外戦略と今後の展望を考察していきたいと思う。


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