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獺祭の知られざるヒミツ 後編


紆余曲折を経て現在の地位にたどり着いた獺祭の旭酒造。

揺るぎない信念の元に日本酒業界にイノベーションを起こしてきた。


後編では更に革新的な野望、今後の見据える先を考察していく。


③海外戦略


獺祭の海外進出は2005年に始まったが、本格的には2010年に現社長の桜井一宏氏が海外担当になってからだ。


これまで日本酒の海外進出は商社などを通じて輸出して終わり。国内で製造している物の一部が売れればよし。というのが一般的なスタンスであった。

またアピールや売り込みも合同の展示会に参加し現地の日本に興味がある層に受けることで成功とされてきた。


獺祭の海外戦略は他の日本酒蔵と違い独特だ。


その思想は獺祭が倒産の危機から立ち上がる原点にある。


当初の獺祭は地元ではまったく相手にされなかった。山口から広島、九州と売り歩き東北、北海道と全国を回ったが中々手ごたえがない。


そんな中で東京だけは一部の飲食店や酒屋が興味を示してくれた。


美味しい酒を目指して造っていけばわかってもらえる相手がいる。多少高価でも価値のあるものを目指す信念は間違っていなかった。


首都圏に赴き商品説明や頒布会も自分達で手掛けた。


そこから首都圏中心に広まり、地元山口には東京から逆輸入のような形で人気となっていった。


倒産の危機から脱するため「酔うための酒ではなく味わう(楽しむ)ための酒を目指す」という信念からスタートした。


普通酒をやめ、純米大吟醸山田錦一本にこだわる。


杜氏を廃止して社員だけで自分たちの目指す味を造る。


テクノロジーを導入して四季醸造を実現しいつでも高品質の酒を提供する。


問屋を通じた流通を辞め特約店(正規販売店)に直接卸す。


時には軋轢を生み、時には批判されることもありながら進み続けてきた延長に海外があり、彼らにとっては東京に売り込みいく感覚で海外に進出している。


海外には桜井氏親子が乗り込み営業をかける。自分達で味をわかってくれる取引先を開拓していった。特に4代目一宏氏はニューヨークに駐在して広報活動を行っていった。


現在では年間141億円の売上の半分以上を海外で売り上げるようになった。


2018年にはパリにフレンチの巨匠ジョエルロブションとのコラボレストランも開業した。

フレンチと獺祭とのマリアージュを楽しめる象徴的な存在になるだろう。


そして現在進行形のビックプロジェクトがニューヨーク工場だ。


世界最大の料理大学といわれるCIA (Culinary Institute of America)大学と提携しニューヨーク州郊外に現地生産の工場を建設中なのだ。コロナの影響で完成に遅れは出ているのの着々と進行中だ。


CIA大学では料理人だけでなくフードコーディネーターやフードジャーナリストなどの講座もあり飲食業界のエリート達が最初に体験する日本酒が獺祭になることだろう。


また現地生産の獺祭にはアーカンソー州産の山田錦を使う予定で現地契約農家と研究を進めている。




計画当初の2017年にはカルフォルニア産のカルローズ米を試したこともあった。


もちろんニューヨーク工場は未完成なので日本での醸造だが、このチャレンジは興味深く私も試飲してみた。


味は「獺祭」いうよりは「上善如水」に近い感じだった。フルーティーだが非常に軽い。


個人的な感想では日本酒としては軽すぎて旨味にかける。難しいのではないかと思った。


しかし、現地のアメリカ人が飲んで良しとするならそれはそれで良いのではとも考えていた。


だが、今や山田錦を現地栽培しているということはアメリカ人も評価しなかったということなのかもしれない。



この経験からか、獺祭では海外向け方針として

「国ごとに味を変えることは特にしないが伝え方は変える」になった。


自分達の目指す美味しい酒を造る。それがやがて山口でも東京でも世界でも広がっていくのではないかと。



現在のアメリカ市場において日本酒はほとんど認知されていない。

流通しているのは現地大手工場が造るカップ酒的な普通酒か日本から輸入された超高級酒と両極端な2種類らしい。


そこに獺祭の現地生産で中間的なプライスラインで日常的に楽しめる美味しい日本酒が入れば日本酒の認知度は一気に高まるだろう。


アメリカ産獺祭を輸入して飲む日がくるかもしれない。




④ブランディング


純米大吟醸で山田錦にこだわるという画期的な戦略は東京中心に支持を広げ全国区となっていった。


急成長する獺祭は「広告広報戦略が長けているだけ」との声も耳にする。


たしかに広告代理店を使って広報に力を入れた時期もあり、一時はあまりに売れすぎて高値で転売が起きるようなこともあった。


ところが3代目桜井博志氏は「幻の酒にはしたくない」との思いから2017年に新聞に異例の一面広告を打つ。


「お願いです。高値で買わないでください。」のキャッチコピーと共にずらりと日本全国の正規販売店の名前が並んでいた。


同時に増産体制を引いていき転売は治まっていったもののこの年獺祭は売上を減らした。


博志氏はそれでもいいと言う。高品質でいて気軽に楽しめる酒になりたいと。


この一件も含めて広告戦略と見る向きもあるが、実際のところは不明だ。


ただ要所要所には博志氏の信念を感じる行動があり、あながち広告広報だけではない何かは伝わってくる。


一大ブームを起こした後もけっして順風満帆ではなく様々な事件やトラブルはあった。




2016年には商品への虫混入があり回収を余儀なくされている。


2018年には蔵が豪雨被害で浸水した。停電により醸造中の酒は品質を保てなくなった。この時の酒は別商品として安く販売した。同郷の弘兼憲史氏がラベルを書き「島耕作ラベル」として売り、売り上げの一部を被災地に寄付した。


2019年には加水時の攪拌忘れにより表示の度数とのムラがある酒を出荷してしまった。こちらも26万本の回収となった。


2021年には製造部社員が移動式タンクの下敷きとなり死亡するという不幸な事故もあった。




これらを経て2022年に大卒初任給を21万円から30万円に大幅アップすると発表。

今後を見据えて優秀な人材の確保のためといわれている。


それとは別に大企業病になりかけているという危惧があるのではないだろうか。


獺祭を発売してから30年以上経った今、当時の苦労や情熱をもった人間が少なくなってきている。新しい社員たちは有名になった後に入社してきており、決められたことをやれば良いという感覚になっていてもおかしくはない。


だからこそ初任給大幅アップは「更に前へ、進化し続けるぞ」という博志氏の強烈なメッセージととれなくもない。


我々消費者もまた発売後30年を経て獺祭への認識が変わってきているのかもしれない。

最初に飲んだ時の印象と今抱いているイメージとは違いがあるのではないか。


改めて飲んでみることで思わぬ発見があるのではないだろうか。



まとめ


常々、流行というのは廃れるものだ。

記憶に新しいところでは、あんなに行列になっていたタピオカミルクティーの店は今やあまり見かけなくなった。


日本酒の世界では古くは「越乃寒梅」そして「久保田」

「獺祭」もそうなりつつあると感じている。


ただ、獺祭が日本酒業界に起こした革命やイノベーションは間違いなく偉大だ。


日本酒選びは難しいと感じて流行に乗るのも否定はしないが、蔵の物語を知ってエピソードで選ぶというのもまた楽しいのではないかと思う。


みなさんの日本酒選びのヒントになれれば私自身も嬉しいかぎりだ。


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なぜワークショップ? ワークショップ=体験型の講座 らしいです。 私の飲食店では自分が「旨い」と思ったものを提供してきました。 料理でもドリンクでもお客様と私の価値観のズレはもちろんあります。 好みの問題だったり好き嫌いもあります。 それをどう伝えるかもプロとしての腕のみせどころです。 しかし「日本酒」だけはそれを超えた大きな壁を感じました。 その壁は「先入観」です。 つまり、一般的に思われている

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